4. 柳生新陰流道統

神護山芳徳禅寺
柳生藩主柳生家の菩提寺 神護山芳徳禅寺
<嫡流>
 柳生石舟斎に始まる”剣の柳生”の流れは、「江戸柳生家」と「尾張柳生家」の二つに分かれます。

柳生但馬守宗矩
徳川将軍家兵法指南役 柳生但馬守宗矩
柳生十兵衛三厳 『月の抄』
柳生十兵衛三厳 『月の抄』
  「江戸柳生家」の開祖は、石舟斎の五男である柳生但馬守宗矩で、徳川家三代の将軍につかえ、後には柳生藩の大名となりました。ドラマや小説で有名な柳生十兵衛は、宗矩の嫡男となります。

尾張柳生開祖 兵庫助利厳
尾張柳生開祖 兵庫助利厳

 もう一方の「尾張柳生家」の開祖は柳生兵庫助利厳です。兵庫助利厳は新陰流道統を継いだ後、尾張藩国家老で犬山城主であった成瀬隼人正正成公の推挙によって徳川家康公より尾張徳川家初代藩主である義直公の兵法師範に命じられました。

 新陰流道統は柳生石舟斎の嫡流である「尾張柳生家」に継承され今日に至っています。

<「世」と「代」>
 現在、柳生新陰流の正統なる道統は第二十二世で、柳生石舟斎から数えて第十六代尾張柳生家当主の柳生耕一厳信が継承しています。

 「世」とは印可の相伝を他姓の人物が受け継いだ者を含めて数えたものです。「代」とは嫡流(血統)の一子相伝をいいます。

<新陰流兵法正統相伝の推移>
流祖 上泉伊勢守 藤原信綱(のぶつな)
第二世 柳生但馬守 平 宗厳(むねとし)(剣の柳生大祖 石舟斎)
第三世 第三代 尾張柳生始祖 柳生兵庫助 平 利厳(としとし)(如雲斎)
第四世 尾張権大納言 源 義直(よしなお)
第五世 第五代 柳生兵庫 平厳包(としかね)(連也)
第六世 尾張権大納言 源 光友(みつとも)
第七世 尾張権中納言 源 綱誠(つななり)
第八世 第六代 柳生兵庫 平 厳延(としのぶ)
第九世 尾張権中納言 源吉通(よしみち)
第十世 第七代 柳生六郎兵衛 平 厳儔(としとも)
第十一世 第八代 柳生兵助 平 厳春(としはる)
第十二世 尾張宰相中将 源 治行(はるゆき)
第十三世 第九代 柳生又右衛門 平 厳之(としゆき)
第十四世 第十代 柳生兵助 平 厳久(としひさ)
第十五世 尾張権大納言 源 斉朝(なりとも)
第十六世 第十一代 柳生新六 平 厳政(としまさ)
第十七世 第十二代 柳生忠次郎 平 厳蕃(とししげ)
第十八世 尾張権大納言 源 慶恕(よしくみ)
第十九世 第十三代 柳生三五郎 平 厳周(としちか)
第二十世 第十四代 柳生金治 平 厳長(としなが)
第二十一世 第十五代 柳生延春 平 厳道(としみち)
第二十二世 第十六代 柳生耕一 平 厳信(としのぶ)

 尾張柳生家第二代は柳生新次郎平厳勝、同四代は柳生茂左衛門平利方です。厳勝は戦傷で身体が不自由になったため、利方は弟の厳包に道統を譲ったことにより共に新陰流宗家を継承しませんでした。

柳生氏の道統ならびに血統図
第十五代 柳生延春 平 厳道
第十六代 柳生耕一 平 厳信

柳生氏の道統ならびに血統図